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青森地方裁判所十和田支部 昭和52年(ワ)23号 判決

主文

一  被告らは各自、原告らに対し、各二三四万三、〇五七円および各内二一四万三、〇五七円に対する昭和五〇年六月五日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

(一)  被告らは各自、原告らに対し、各四五九万〇、〇二七円および各内四二四万〇、〇二七円に対する昭和五〇年六月五日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言

二  被告

(一)  原告らの請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  本件事故の発生

被告新谷は、昭和五〇年六月四日午後一時四五分ころ、十和田市西二番町一番三四号先道路交差点において、大型乗合バス(青二三か一七四号、以下、本件バスという)を運転し、官庁街通り方面から十和田湖町方面に向かつて左折進行する際、横断歩道上を歩行中の原告らの子杉山佳代子(当時五歳)を轢過し、頭蓋骨骨折、右肋骨骨折、肺損傷(破裂)により、同女を即死させた。

(二)  被告らの責任

(1) 本件事故は被告新谷の過失により発生したものである。すなおち、被告新谷は、本件事故現場の交差点を左折進行するにあたり、右交差点付近の道路幅が余り広くないため、十和田湖町方面の右側商店などに本件バスが突つ込むことや、交差点左角の歩道の縁石に左後輪が乗り上げてしまう危険があることのみに注意を奪われ、横断歩道上の横断者の有無などの確認を怠つたために、本件事故を惹起させるにいたつたものである。

(2) 被告会社は、本件バスを所有し、これを自己のために運行の用に供していた。

(3) したがつて、被告新谷は不法行為者として、被告会社は運行供用者として、各自、原告らが佳代子の死亡によつてこうむつた損害を賠償する義務がある。

(三)  損害

原告らが佳代子の死亡によつてこうむつた損害の額は次のとおりである。

(1) 葬儀費 各一五万円

原告らは佳代子の葬儀費として九七万七、四一〇円を超える支出をしたが、右葬儀費各一五万円はその一部である。

(2) 佳代子の逸失利益 一、二一八万〇、〇五五円

佳代子は本件事故当時五歳の女子であつたので、右逸失利益額は、一三五万一、五〇〇円(賃金センサス昭和五〇年第一巻第一表、産業計、企業規模計、学歴計の女子労働者全年齢平均給与額を用いた年間の収入金額)×〔一-〇・五(生活費割合)〕×一八・〇二四五(死亡時を基準とする一八歳から六七歳までの稼働可能年数に対応する年別ホフマン係数)=一、二一八万〇、〇五五円(円未満切捨)と算出したもので、妥当な算定方式というべきであるから、同女はその死亡により右同額の損害をこうむつたことになる。

そして、原告らは佳代子の右損害賠償請求権を各自の法定相続分に応じて、その二分の一に当る各六〇九万〇、〇二七円(円未満切捨)を相続により取得した。

(3) 慰藉料 各三〇〇万円

佳代子の本件事故死によつて原告らの受けた精神的苦痛を慰藉すべき慰藉料の額としては各三〇〇万円をもつて相当というべきである。

(4) 損害の填補

原告らは、佳代子の死亡に伴い、自賠責保険金一、〇〇〇万円を受領し、これを法定相続分と同一の割合により、五〇〇万円あて各自の右(1)ないし(3)損害に充当したので、右損害の残額は各四二四万〇、〇二七円となる。

(5) 弁護士費用 各三五万円

原告らは、弁護士である原告ら訴訟代理人に本件訴訟を委任した際、同代理人に対し、第一審判決言渡時に弁護士費用として各三五万円を支払う旨を約した。

(四)  よつて、原告らは被告ら各自に対し、損害金として各四五九万〇、〇二七円およびこれにより弁護士費用分を控除した各残額四二四万〇、〇二七円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和五〇年六月五日から完済にいたるまで民事法定利率年五分の割合による遅延損金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

(一)  請求原因(一)は認める。

(二)(1)  同(二)の(1)は否認する。

(2)  同(二)の(2)は認める。

(三)(1)  同(三)の(1)のうち、葬儀費各一五万円については争わないが、その余の点は争う。

(2)  同(三)の(2)のうち、佳代子が本件事故当時五歳の女子であつたことは認めるが、その余の点は争う。原告ら主張の逸失利益の算定方式は一八歳に達するまでの間の養育費を控除していないばかりか、中間利息の控除につきライプニツツ式によらずホフマン式を用いている点においてきわめて不当なものである。

(3)  同(二)の(3)は争う。原告ら主張の慰藉料の額は不当に高額に過ぎ、せいぜい各二五〇万円程度にとどめるべきである。

(4)  同(三)の(4)のうち、原告らが自賠責保険金一、〇〇〇万円を受領したことは認める。

(5)  同(三)の(5)は争う。そもそも本件損害の賠償については、原告らさえ誠意を示せば円満に解決され、本件訴訟を提起するまでの必要は毛頭なかつたものである。

三  被告らの主張

(一)  本件事故は被告新谷の過失が原因となつて発生したものではない。すなわち、本件事故は、被告新谷がワンマンカーである本件バスを運転し、本件事故現場の交差点の手前で赤信号のため左折のウインカーを点滅させながら一時停止していたが、間もなく青信号に変つたのでゆつくり左折進行を開始し、車両が斜めの状態になつたとき発生したものであるところ、被告新谷は左折進行を開始する際、前方左右を注視したのであるが、本件バスは長さ一〇・五メートル、幅二・四九メートル、高さ三・〇五メートル、地面から窓までの高さだけでも一・六五メートルもある大型バスであるため、運転席から確認できない死角があり、小さな幼児である佳代子の存在を確認することは不可能であつたものである。したがつて、本件事故の発生は本件バスの構造上不可避であつたもので、これにつき被告新谷の過失責任を問うことはできないというべきである。しかるところ、佳代子は本件バスがウインカーを点滅させながら左折進行していることを認識し得たにもかかわらず、帰路を急ぐ余り、本件バスの進行を全く意に介せず、その直前を横断する行為に出たものであるから、本件事故は同女の一方的な不注意に起因するものである。のみならず、原告らはわずか五歳の佳代子を独りで交通頻繁な道路を歩かせていたのであるから、本件事故はもつぱら原告らが保護者としての義務を怠つた過失により発生したものというべきである。

(二)  仮に被告新谷になんらかの過失があつたとしても、佳代子および原告らの前記過失も無視できないのであるから、本件損害の算定にあたつては、これを斟酌して、相当な過失相殺がなされてしかるべきである。

四  被告らの主張に対する原告らの答弁

被告らの主張(一)、(二)は争う。これらの主張はいずれも全く当を得ないものである。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因(一)(本件事故の発生)は当事者間に争いがない。

二  そこで、被告らの責任について判断する。

(一)  まず、被告新谷の責任についてであるが、成立に争いのない甲第二号証の二、第七号証の一ないし三、第八、第九号証、第一〇号証の一、二、第一三、第一四号証の各一ないし四、被告新谷本人尋問の結果および弁論の全趣旨を総合すると、被告新谷は、ワンマンカーである本件バスを運転し、本件事故現場の交差点を左折進行するに先立つて、赤信号のため、交差点の手前の停止線のところで、左折が容易なように中央線寄りに本件バスを停止し、左折のウインカーを点滅させながら発進を待つていたが、本件バスの右停止地点の運転席から十和田湖町寄りの横断歩道およびその付近の見通しはきわめて良好であつたにもかかわらず、右横断歩道を渡るため官庁街通り寄りの歩道で信号待ちして立つていた佳代子を全く現認しないまま、間もなく青信号に変るや、左後方から進行してくる車がないかどうかを確認しただけで発進し、時速約五キロメートルで交差点に進入して左折進行を開始したばかりか、十和田湖町方面に向かう道路の車道幅が六・八メートルと余り広くなく、一方本件バスは車幅が二・四九メートル、車長が一〇・五メートルであるところから、本件バスの右前輪や左後輪が歩道に乗り上げる危険を防ぐべく、右前方と左後方に対する安全の確認に注意を奪われ、横断歩道上の歩行者の有無に十分な注意が行き届かないまま、横断歩道上を通過しようとしたため、折から青信号になつてから横断を開始し横断歩道上の道路中央付近までゆつくり進んできていた佳代子に全く気付くことなく、同女を左前輪に巻き込んで轢過したものであることが認められるところ、被告新谷本人尋問の結果中右認定に反する部分はにわかに措信し難く、他にこれを覆すにたりる証拠はない。しかして、右認定の事実によれば、本件事故は被告新谷が横断歩道上の歩行者の有無、動静の確認を怠つた過失により発生したことは明らかである。

(二)  被告会社が本件バスを所有し、これを自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。

(三)  しかるところ、被告らは、本件事故は運転席から見通せない死角で起きたものである旨主張する。しかしながら、仮に本件バスの構造上運転席から死角になる部分が存するにしても、前記認定の事実によれば、本件バスが信号待ちのため一時停止していた時点ですでに、やはり信号待ちをして歩道に立つていた佳代子を運転席から見通すことができたことは明らかであり、また、本件バスが本件交差点を左折するときは、道路左端とかなりの間隔をとつていたということができるから、少くとも佳代子が横断歩道上に踏み出すのは確認し得えたものと考えられる。そうであれば、むしろ被告新谷は左折にあたり左前方および左方に対する注意が十分でなかつたものと認めざるを得ないのであつて、被告新谷本人尋問の結果中被告らの右主張に沿う部分はにわかに措信できないし、他に右主張を認めるにたりる的確な証拠は全く存しない。したがつて、被告らの右主張は採用できない。

また、被告らは、本件事故は左折中の本件バスの動向を認識せず、その直前を横断する行為に出た佳代子の一方的不注意に起因する旨主張する。しかしながら、本件においては、佳代子が本件バスの直前に飛び出したとか、その他異常な歩行経路をとつたような事情を認めるにたりる証拠はなく、むしろ前記認定の事実によれば、本件バスが左折して横断歩道上にさしかかるより先に、佳代子は横断歩道上に入つていたものと認むべきである。のみならず、仮に佳代子が本件バスの動向を認識していなかつたとしても、何しろ五歳の幼児のことであり、しかも、本件のように車が交差点を左折する場合には、同一方向から横断歩道上を青信号に従つて横断しようとする歩行者に対して、その右後方から進行することになるわけであるから、これを避けて横断歩道上に進入すべきものであり、歩行者もこれを信頼して左折車の動向に留意することなく横断して差しつかえがないのであつて、本件においても、前記認定の事故態様に照らせば、被告新谷が左前方を十分注視さえしていれば佳代子を発見し、一時停止などすることによつてたやすく事故を避けることができたものと認められるから、同女に過失を認めることはできない。しかも他に、被告新谷の過失を否定するにたりる佳代子の過失を認めるにたりる証拠は存しないから、被告らの右主張は採用できない。

さらに、被告らは、原告らが佳代子を独り歩きさせていたとして、本件事故の発生につきその保護義務者としての過失を主張するけれども、右にみたとおり佳代子に過失がない以上、本件において、原告らの過失を云々することは困難であることはもとより、被告新谷の過失を否定する事由にもなりえないのであつて、被告らの右主張は失当である。

(四)  そうだとすると、本件事故は被告新谷の過失により発生したことが明らかであり、また、被告会社の免責事由も認められないのであるから、被告新谷は直接の不法行為者として民法七〇九条にもとづき、被告会社は運行供用者として自賠法三条本文にもとづき、各自、原告らが佳代子の死亡によつてこうむつた損害を賠償する義務があるといわなければならない。

三  よつて進んで、原告らが佳代子の死亡によつてこうむつた損害の額について判断する。

(一)  葬儀費

原告ら主張の葬儀費各一五万円については被告らにおいて争わないところである。

(二)  佳代子の逸失利益

佳代子が本件事故当時五歳の女子であつたことは当事者間に争いのないところ、本件において、同女の逸失利益の算定方式としては、年間の収入金額は、賃金センサス昭和五〇年第一巻第一表、産業計、企業規模計、学歴計の一八歳ないし一九歳の女子労働者の平均給与額を用いて九九万七、一〇〇円とし、生活費割合を五割と見込み、就労可能年数を一八歳から六七歳までの四九年としたうえ、中間利息の控除は死亡時を基準とする右就労可能年数に対応する年別ホフマン係数を一八・〇二四五と求めて算出するのが相当というべく、この算定方式に従えば、同女の逸失利益の現価は、八九八万六、一一四円(円未満切捨)ということになる。

そうすれば、佳代子はその死亡により右同額の損害をこうむつたというべきところ、原告らが同女の両親であることは前記によつて明らかであるから、原告らにおいては、同女の右損害賠償請求権を各自の法定相続分に応じて、その二分の一にあたる各四四九万三、〇五七円を相続により取得したといわなければならない。

(三)  慰藉料

成立に争いのない甲第一号証によれば佳代子は原告らの二女であることが認められるところ、原告らが佳代子の不慮の死によつて受けた精神的痛手が深甚であることはこれを察するに難くなく、その他佳代子の年齢、本件事故の態様など諸般の事情を合わせ考えれば、原告らの精神的苦痛を慰藉すべき慰藉料の額は各二五〇万円をもつて相当というべきである。

(四)  損害の填補

原告らが自賠責保険金一、〇〇〇万円を受領したことは当事者間に争いがないところ、原告らがこれを法定相続分と同一の割合により、五〇〇万円あて各自の右(一)ないし(三)の損害に充当したことは原告らの自認するところであるので、右損害の残額は各二一四万三、〇五七円となる。

(五)  弁護士費用

原告らが本件事故による損害賠償請求に関し原告ら訴訟代理人を委任し、本件訴訟遂行のために要した費用として、本件事故と相当因果関係に立つ損害と認められる金額は、本件訴訟の難易、結果その他諸般の事情を考慮すると、原告ら各自につき二〇万円をもつて相当というべきである。

四  なお、被告らは本件事故の発生につき佳代子ないし原告らに過失があつたとして、過失相殺を主張するけれども、同女らに過失がなかつたことは先にみたとおりであるから、被告らの右主張は採用できない。

五  以上の次第で、原告らの本訴各請求は、被告ら各自に対し二三四万三、〇五七円およびこれより弁護士費用分を控除した残額二一四万三、〇五七円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和五〇年六月五日から完済にいたるまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木正義)

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